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藤沢周平と小茄子 [絵手紙]

 この小茄子は民田なすみんでん と言いい、山形県鶴岡市の(旧 民田村)の特産らしい。作家の藤沢周平は民田村の隣り村(旧 黄金村)の出身で、彼の作品の中には、郷里の小茄子の塩漬けがよく登場する。

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 藤沢周平は病気療養のため、教職をはなれ故郷を離れ、結果的には回復後も東京暮らしになった。しかし心はつねに荘内地方へ向いているようで、望郷の思いは彼の時代小説のそこここに、郷里の人情・自然や食べ物などのかたちでにじみ出る。小茄子はその一つだと思う。例えば:

◎『野菊守り』 初老の下級武士の五郎助。昼食の握り飯は菜っ葉の漬物の葉でくるみ、上からこんがり焼いたもので、おかずは大てい塩辛いたくあんか、小茄子の漬け物二つ三つである

◎『孤剣』「用心棒シリーズ」の孤剣では、風邪で寝込んだ又八郎と藩屋敷から来た佐知との会話。
「お屋敷では、桶にどっさり漬け物をしてございます。青菜はこのあたりのものを当座漬けにしておりますが、お茄子は塩漬けにしたものを、国から運んで漬けなおし、大根も国でやるように日干しにしてから漬けてあります」
おお、小茄子の塩漬け、しなび大根の糠漬けか」
又八郎は箸をおろして夢見るような眼つきになった。

◎『乳のごとき故郷』


藤沢周平 (1)-150.jpg 特別の事情がないかぎり、郷里をはなれて暮らす者にとっては、自分の生まれ故郷ほど懐かしい場所はないだろう。
 私なども、東京に住んでもう三十年にもなり、その三十年という年月は郷里で暮らした年月より長くなったのに、いまだに東京暮らしは仮の生活であるような感覚が抜けきれず、折にふれては郷里の四季の移り変わりを思い浮かべ、喰べ物の味を思いうかべる癖がとれないのである。
 実際にはわが郷里山形県庄内地方は、冬は雪がつもり、海から来る強い北西風が吹き荒れる土地である。
 いまになって帰り住むには、その冬のことを考えるといささかためらわれる土地だし、喰べ物にしてもむかしのままの味ではないということを聞く。
 すると私が郷里を思い懐かしむ気持ちの中には、多分にただいまの現実と喰い違う思いこみの部分やらが含まれているに違いないのだが、その思いこみのゆえに、郷里はいっそう懐かしく、わが永遠の望郷の土地に思われて来ることも否みがたいのである。

(冒頭の1ページのみで以下省略)
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☆ 芭蕉も食べた 初茄子はつなすび  
 「奥の細道」の旅で松尾芭蕉は、出羽三山参詣のため泊った鶴岡で、民田なすを食したらしく、こんな句を残した。

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☆ わたしも食べた小茄子の塩漬け
 若いころ舅の故郷で、初めて小茄子を見た。その塩漬けは爽やかに美しく可愛く、歯ごたえや味の感動は、半世紀たった今も鮮明な記憶が残る。この恋焦がれていた「小茄子」を先日スーパーで発見。大感激で塩漬けならぬ下手な絵にして保存しました[わーい(嬉しい顔)]

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